『数学する身体』森田真生

May 13, 2017   #book 

志向の道具として身体から生まれた数学。身体を離れ高度に抽象化の果てにある可能性とは?

プログラマの領域で、数学の重要度が上がってきた気がして、数学への興味をあげて行こうと買った本。

数字の発生から、ギリシャの行為としての論証数学、抽象化されていきチューリングまで、そして多変量解析に大きな貢献をした(残念ながら何をがわかるほど自分が数学を理解していない)、日本の数学者岡潔へと話が繋がっていく。身体から離れ、抽象化されてきたが、理解するためにはそのもの自体に「なる」この、そして「する」ことから始めるしかないと書いてある。本書の構成そのものも、数学とその身体性から初まり、抽象化の果てに議論は身体に戻ってくる。和歌山の農村で、畑仕事をしながら数学を志向した岡潔がその本質を理解し、生成方法(思考そのものの方法)への執着はすごく面白く、ひかれる話だ。

卑近な例だが、プログラマーの人たちにはすごくわかりやすい話なのではないだろうかと思った。実際にプログラムを書いていて、入り込んでいるときほど、理解が進むことはない。思考を、行為として「する」ことがプログラムは直結している。自分の興味に従い、理解し、世界に対して文脈を足せるように、自分の思考法を鍛え、行為していきたいと思う。