広島観光

May 10, 2017   #travel 

この連休、妻は台湾に一人で旅行に行きたいらしく、ほったらかしにされた自分は御徒町と柳橋のシェアハウスで一緒に住んでいた友達に電話をした。その友達は今は転職し広島に住んでいる。

偶然にもまだ連休の予定を決めておらず、新幹線のチケットを取って広島に行くことにした。テントを背負って、細かい予定は決めず、新幹線朝乗り込んだ。

午後一で、広島市内につき、広島焼きを食べながら、お互いの近況を報告しあった。そのあと、平和記念公園、原爆ドーム、資料館を回った。資料館はうまくできていて、原爆ドームが立つその辺りの地形をそのままに、原爆が落とされる前の広島の賑わいと、後の廃墟を展示していた。

おおよその数字で申し訳なく思うが、20万人の人が広島に落とされた原爆で亡くなった。この範囲に多くの人が住んでいたことが、広島が栄えていたことがその数から、そして当時の写真からわかる。夜友達の家で、次の日からの予定を決めようとしたが、眠くて寝てしまった。朝起きて、必死に電話、結果宮島でキャンプ、フェリーで呉に行き大和ミュージアム、その後、忠海で一泊して、大久野島に渡ることにした。

宮島は大混雑だった。厳島神社を見るために、穴子を食べるために大渋滞していた。十年前に来た時は鹿ばっかりだったような気がしたが、ゴールデンウィークというのはすごい。ところが、厳島神社と逆方向に島を回ると、すぐに人がいなくなった。幸いにもキャンプ場はそちら。テントを担いで、島を1/4周ぐらいして、キャンプ場についた。

次の日、宮島口に戻るのではなく、フェリーで呉に直行した。造船で、海軍の基地として有名なこの村は、自分の中で『この世界の片隅に』の舞台でもあり、『昭和史』の中で活躍する山本五十六が、中央(東京)をどやして、帰ってくるところであった。大和ミュージアムに山本五十六の何かがあるかと思って期待していたが、多くはなく、少しの写真のみ見ることができた。軍人にしては、真珠湾攻撃を指揮した指導者にしてはコミカルな(手塚治虫の漫画に出て来そうな)顔に見えた。広島と同様、造船業で賑わう当時の雰囲気は、生活の様子や景気をつたえていた。

少し前に、戦勝国アメリカ側の、サンディエゴのミッドウェイミュージアムに行き、今回敗戦国日本の大和ミュージアムに来て、その差分を見れたことは一つ多方面からの歴史を見ることができた。ミッドウェイ海戦の活躍と 、特攻命令とともに二時間で沈んでしまう大和の展示は、その内容よりも、時期のずれ(ミッドウェイ海戦と沖縄戦)や、空母と戦艦というずれを感じた。

連休中でも前日予約で空いていた、忠海駅前の民宿は不思議な雰囲気のいい民宿だった。若いカップル、出張中の労働者などが泊まっていた。どうやら大久野島に渡るフェリーは下手すると三時間待ちになることがあるらしく、前日にチケットを買って、朝一番のフェリーに乗れるように民宿の方に朝ごはんの準備をお願いした。

次の日、雨の予報でそれが関係あるのかはわからないが、それほど混んでないフェリーに乗って、島にわった。13分ぐらいで島にとうちゃく。大久野島はうさぎが700羽ほどいるラビットアイランドとして、最近日本人のみならず、海外からの観光客も惹きつけている人気の観光スポットだ。ただ、そのウサギは毒ガス製造ともちろん密接に関係している。

防衛拠点の一つとして、第一次世界大戦の頃に、瀬戸内海の要塞になったこの島には、砲台が作られた。後に、陸軍が毒ガス製造の場所としても使われたいた。そしてその毒ガスは中国大陸をはじめ、戦地で使われていたのだ。そして、製造量が増すごとに、働く人も増えその当時船でこの島に通勤し、勤務していたその活気を毒ガス資料館の写真が伝えている。毒ガスとは生物兵器だ。数千トンが毎年製造されていた。島には、砲台、兵舎、毒ガスタンクの保管倉庫、発電所の跡が残っている。それらは思ったほど古さを感じないのだ。現代のものと区別はできるものの、今と地続きの、ひと時代まえのものではあるが、最近のものだと直感できる。

ウサギが連れて来た、観光客は資料館へ、当時の施設へ足を踏み入れる。なんともうまくできた二重構造だなとおもった。それが意図したものなのか、偶然の産物なのかわからなかったが、瀬戸内海の島を眺め、磯遊びをしたり、もちろんウサギに餌をやったりし、ゆっくりしながら、過去の事実との距離感を図れたいい観光だった。

旅を通して、何を作っていたかはさておき、瀬戸内海が軍事による産業で賑わい、当時の生活が垣間見れた。その友達は広島で外資系の製薬会社で働き、広島に住んでいる。東京、中国地方、四国を担当し飛び回る(船も使うよう)日々のようだ。駅でアンコだけじゃなくなった、チョコやクリームのもみじまんじゅうを買って、東京行きの新幹線に乗り、その日の午後には家で先に台湾から帰っていた妻が作ったカレーライスを食べた。

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