はたらく

Feb 18, 2017  

先週祖母が亡くなった。89歳だった。お盆と正月に家族が集まって美味しい料理を食べたことをよく覚えている。強いイメージのひとで、みんなを集め、ご飯を振る舞い、その場の磁力を作っていた。自分は台所に立ち、美味しい料理を振る舞っていた。本当に美味しかった。今でも味を、食感を、匂いを思い出す。

その磁場を生み出せる人は今おらず、葬儀で同い年のいとこにあった。時間が止まったような感覚で、そのまま年老いていた。自分もそうなだろう。

半年ほど好き勝手にした後、仕事が決まった。小さい会社で自由に働けること、エンジニアリングの適応先に興味があることで決めた。その少し前、就職活動をしている時に、大学の先輩に会って話す機会があった。久しぶりに会うというのに、忙しく駅の改札で待ち合わせして、そのまま駅についている喫茶店で夕ご飯を済ませながら話した。話している中で、問いがあり、しばらくしてそれが考えるきっかけになり、自分のやることを決めた。ITの技術は日進月歩なものの、コモディティ化、サービス化していく。音声認識や、機械学習はAPIやオープンソースで提供されている。その中で、技術を現場に適応するエンジニアになろうと思う。コモディティ化し、サービス化したものを組み合わせ(どのレベルの部品からも重要だけど)お給料をもらうということにした。エンジニアとして普通のことを言っているが、IT技術の需要の高さからくる傲慢さや、エンジニアコミュニティの自己満足に浸ることへの反省、技術ありきで学ぶだけではなく、その先に適応があれば使っていくこと、技術だけじゃなく、適応対象のコトや人を重視するという意味を含んでいる。

何かをやる前に自分の期待を書いておくことにはとても意味があるとその先輩は言っていた。物事を進めていく中で、そういうことが埋もれていくからだ。一週間働いだけでもそれを感じてここに言葉にしておいた。

盆や正月に祖母の家にみんなで集まった時、祖母はいつも台所で娘たち(自分の母を含む)に指示を出し、ご飯を作っていた。テーブルでご飯を待っていた自分は祖母と何かまとまった会話をしたことがあったのだろうか。年に2回集まって食べたその食卓と、そのご飯は一方的に多くを受け取とったことは間違いなく、祖母の人生が幸せであったことをねがいます。